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2005年9月 7日 (水)

教育と社会

 社会と家庭が貧しいと、子供の手助けは当然で疑問に思うこともなく、家族全員のチームワークで家業を助ける姿がごく普通に目にする日本の庶民風景でした。戦後社会の激変と少子化から、巨大スーパーの出現に代表される商業分野の集約と寡占が進むと、廃業しサラリーマンに転身すると、子供に対する教育と両親の期待もまた大きく変化しました。ごく普通に存在した、親の後姿を見て育てる家庭内OJTは殆ど姿を消し、子供部屋でひとりゲームに興じ、携帯メールを操る子供に親が期待したのは、バブル期までは出世コースに乗ることであったのに、今はせめて非行に走らないで、できれば個性的なタレントに、可能ならばIT社長にと願うようになったのは、そもそも親自身が子供の教育をどうすればよいのか正しく判断できず、方向を見失って思考が拡散し、混迷していることに原因があるようです。

 中国の一人っ子政策は、毛沢東の失政によって生じた人口圧力に悩んだ末に採られた苦肉の国策なのですが、出生統計に表れた男女出生率のアンバランスと高齢化の進展が新たな課題として注目されています。正常な男女出生率は1.06とされおり、男児の出生が僅かに高い理由として、真偽のほどは知る由もありませんが、有史以来繰り返されてきた戦闘で死亡する男子の数を生物学的に補なおうとしているという俗説があります。最近発表された中国統計資料〔吉林大〕によると、男女出生比率は1.18になっていて、明らかに儒教的な男子優先の恣意的な意思が強く働いた結果であると推測できます。

 教育は、社会文化の向上という効果を確認するまで、一世代(30年間)相当のタイムラグを必要とするので、将来の国の文化レベルを決める重要施策であるにも係わらず、効果の見えにくい非効率な学校システムの上に乗って、ある種の社会慣行であるかのように、学校教育を中心に行なってきました。例えば「ゆとり教育」は最近になって文科省が渋々見直しに同意しましたが、文教行政の中で単純明快なこのような制度変更ですら、昭和52年〔1977〕スタートから実に28年を経過した今頃になってやっと見直される始末です。学校教育は国民の全てが参加する基幹システムであるのに、効果確認まで約30年のタイムラグを介在しなければならないために、この間に起きた社会環境の変化と当事者の交代が、当初の理念と実際の効果の検証を不十分なままに、何時までも迷走し続け、ときに回帰して、まるで波動が納まらないような不安定な状況を生み出しています。

 豊かな社会は、人々の勤労意欲、向学心、道徳観などに強い影響を与え、望ましくない方向の反作用を受けるようになりますので、衣食足りて礼節を知るようには、必ずしも社会は正しく反応し動かないことを、既に多くの事件の検証を通して周知しています。例えば、戦前教育の影響を受け家父長の大家族を体験して育った親が、豊かな社会の洗礼を受けた戦後教育の少子化の子供を、果たして"正しく"導くことができたのだろうか。この30年間の親子一世代に生起した社会変化は、過去のどの時代にも見出せないほど速いスピードの大きな振幅の複雑な変動であったし、なお進行中であるので、過去の経験則は半ば否定され、無用となって、新たな規範を求めさ迷っている状況にあります。教育論の百家争鳴です。

 出展は忘れましたが、育児の要諦は「子供に三分の飢寒を与える」ことにあるとされています。多少の無理を押し長期間に亘って、環境の落差を意識的に与えながら、子供に向上心を芽生えさせ、変革の意欲をかき立てるように導くことが、親の義務であるとする考え方です。社会環境がゆっくりと変化し擬似静的に固定と見なされる古きよき時代は既に過ぎ去り、あたかも初期条件と境界条件が絶えず変化する編微分方程式を解き続ける様に似た現代において、例えば、新薬の臨床試験のように、条件と対象を限定し短期間の効果を測定する教育効果のいわば"薬効"を検証可能な、工学的手法が採用されるべきなのです。

 30年近くを経て、「ゆとり教育は失敗」であったと認識されるようになりましたが、その検証はあまりにも無駄が多く、長時間を要してしまいました。この間に起こった子供たちの変化を見れば、取り返しの付かない貴重な「30年」を浪費したことを反省しなければならないと思います。IT時代に即した、有効な新しい手法を存分に駆使して、教育効果をもっと迅速に検証できる方法を開拓すべきではないでしょうか。

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